カテゴリ:エッセイ( 22 )

アメリカンズ・ウエー

 アメリカから完全撤退し、一時帰国を除いて15年ぶりに日本に着地して約2週間が経った。日本のテレビ映像から毎日流し出される深刻化した「失業問題のニュース」を耳にするたび「一寸先は闇」を思い知らさる辛い日々を送っている。それでも街に溢れる若者は皆、最新式ケータイやipodなどを手に、今年の流行らしき高価なダウンジャケットを身に纏って好き勝手に生きている(……ように、私には見える)。
 日本の住民票を一旦放棄してアメリカの日本総領事館に在留届けを提出している身としては、帰国後、部屋を借りるにしても、取りあえずのバイト先を探すにしても、ことごとく却下される難儀な問題に直面する。疎外感とでも言おうか、日本国籍を持っていても何の意味もない。お役所的なことには全て住民票や印鑑証明書、はたまた源泉徴収票などは必須である。それも15年間、日本に税金を支払っていなかったツケだと思うしかないが、今まで道を外すこともなく生真面目にガムシャラに生きて来て、気がつけば50歳になっていただけのことなのだが(私にすれば)、本国に帰ると、ちょっとしたことにも、私には全く社会的信用が無く、何でもカンでも、たった1人の兄貴に保証人を頼むしか、この日本で生きる(生かされる)道は無くなっていた。「あ〜、兄弟がいて良かったぁ」と、本当に思い知らされる。
 そこに加えて、最悪な円高ドル安である。日本のクレジットカードも15年前に失効していて現金(円)もあまり持っていないため、ちょっとした生活用品購入の支払いも、取りあえずはアメリカ発行のクレジットカードに頼らざるを得ない生活だ。何かを買う度にアメリカの銀行口座からドンドンお金が引き落とされるのだが、アメリカの銀行は規定貯蓄残高に満たなくなった場合は毎月手数料もしっかり取られるシステムだから2度イタイ思いをする。
 こんな辛い事情から、いつまで経ってもアメリカの口座すら閉じられない状況が続いている。そこへ、追い打ちをかけるノーティスなしのアメリカでの定期的な仕事の打ち切りだ。不況に嘆く在米日本人の状況も、手にとるように分かるため、グッと堪えて二つ返事で条件を飲むしかない。
 ほんの僅かな収入であったにせよ、アメリカの口座をキープする微かな望みであった仕事が、突然消えた。職業柄、私はインターネット環境さえ整っていれば、どこの国であろうが一切違わず仕事の受注は可能である。「帰国または移動する」ことに何の障害も生じない特異な有り難い職業でもある。しかし世の中とは、何か相手にエクスキューズを求める。本来、何の原因にもならないことだが「○○さんが帰国するから」というフレーズが、どうやら公然と打ち切りの理由になってしまっているようだ。これがアメリカンズ・ウエーなのかも知れない。
 イラクから完全撤退しないブッシュ大統領に対して14日、靴投げ騒動が起こった。米軍がイラクに駐留する根拠となる米軍地位協定に、イラクのヌーリ・マリキ首相とブッシュ大統領が署名する際の共同会見上で、エジプト・カイロ放送局のイラク人記者が「別れのキスを受け取れ、この野郎!」と罵声を浴びせながら、自分が履いていた左右の靴を投げつけた。
 この記者はただちにボディガードらに取り押さえられ、会見場から引きずり出されたが、ここ2、3日のニュースを見ると、この記者を英雄視する報道がアチコチで目立っている。根強く残るアメリカに対しての敵意は、決して拭い去ることは出来ないだろうが、この騒動の結末を見て知って「YES! THIS IS AMERICA!」「めっちゃええやん。これこそアメリカ人やん!」と、つい口に出して苦笑してしまった。こんな緊迫した状況下で、咄嗟に「今の靴のサイズは10だったよ」と一笑して、会見を丸く治めて続行したブッシュを、私は手放しで受け入れる。さらに「アンタは吉本新喜劇かっ」と突っ込みたくもなる。どこの国の大統領(要人)であれ、こんなクールな対応は出来なかったと、私は思う。騒動後の未だ反省の色が見えないコメントについては「やれやれ」とは思うが、ここらもまた、アメリカンズ・ウエーなんだよなぁ、と既にアメリカを懐かしんでいる自分がいる。
 これから私は、まだまだ靴を投げつけられる思いに遭遇するやも知れない。しかし、どんな状況にあっても、吉本のノリで、何事にも上手くジョークで交わすことのできる大らかさと余裕を持って過ごしたいと心底願っている。どんな相手であれ、こちらが大人でクールな態度でさえ接していれば悔しくとも、お互い傷付くことは少なくて済む。
 読売アメリカ社がアメリカから撤退し失業後、約5年間に亘って幣紙に携わり、我が子のように可愛がり育てて来たtocotocoが、今号を持って休刊(廃刊)することとなった。幣紙は私にとって色んな意味で「ニューヨークでの足跡」となる。カタチあるものはいずれ忽然と消える。創刊しては廃刊する。日本でもアメリカでも何度も味わった。それでも、懲りずにまた立ち上げる。それがマイ・ウエーになることを祈りつつ……。
2008年12月26日号(vol.180)掲載
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by sgraphics | 2008-12-26 22:13 | エッセイ

誤読

「不況、不況」と景気の悪い文字が踊る今、日本企業の中で唯一、バブリーだとされて来たメディア業界(テレビ各局)も例外ではないらしい。経費削減で社内のコピー用紙の節約などは決まりきったことだが、番組の基本となる「台本」も部数を削減し、タレントが使う楽屋からはティッシュペーパーの箱が無くなり、トイレの水の出方を抑えて節水し、社屋中の天井の照明(電球、蛍光灯など)も、テレコテレコに消されて1個飛ばしの状態で点けられているという。
 これらは某局だけ、というワケではなく、全ての局がそうであるらしい。「明らかに時代は変わった」と、売れっ子お笑い芸人たちが口々にグチをこぼす。しかし、そのお笑い芸人たちが今、各局でひっぱりダコ状態にある。
 番組制作。それ自体の経費が大幅に削減されているとあって、どこの局も「安価でもソコソコの視聴率が取れる」クイズ番組に頼らざるを得ないという。毎年、年末から年始にかけ「開局○周年記念特別番組、総制作費○○億」との触れ込みで放送される豪華キャストが揃う「ドラマ」の類いも、もう御法度のようだ。少し話が逸れたが、世は正に「クイズ番組黄金時代」となっている。
 主役となるのは、まだギャラの安い若手お笑い芸人たちやグラビアアイドルたちで、その学力を競う……というより、その低学力(バカさ加減)を競って、お茶の間に笑いを誘う仕掛けである。
 可愛いオンナの子たちの「あり得ない、考えられない回答ぶり」で視聴率は上がり、そのバカさを売りに「シャレです、シャレ!」と、今、波に乗れる時にできるだけ乗ってドンドン稼げとばかりに、次々とユニットを組み、ヒット曲を出して何万枚、何千万枚もの売り上げを記録する。「バカがウリ」の時代である。「バカ度」はマイナスイメージにはならず、好感度アップが狙える「おいしいツール」になったのである。
 確かに、自分よりバカを見て憤慨する人もいない。考えられないオバカな回答ぶりを見て聞いて、思わず吹き出してしまうことはあっても、気分を害してしまう人はいないだろう。私はこれらのバカっぷりを「ヤラセ」とは思わず見ていたのだが、中には「これはちょっと上手く出来過ぎている、ヤラセだろう」との見解を持つ人もいる。そう言われれば、やっぱりそうかなあ〜、と思えるくらいの低能ぶりで、そうなってくると、結局は、台本を書く放送作家たちの頭のキレ如何に関わってくる、ということになる。
 政治家たちの演説にも、それぞれキチンとした台本があり、原稿を作成してくれる頼もしい秘書官などがいる。
 その影武者(秘書官)に、放送作家ほどのキレの良さは求められてはいないが、自分が仕えている「武将」そのものの能力、知力のリサーチ不足が、最近目立っている。
 秘書官にすれば「そこまで、ウチの武将はバカじゃないだろう」「これ以上、噛み砕いた原稿(読み仮名をふるなど)にすると、反って失礼だし、バカにしてるのかっ!と一喝されはしないか……」などという遠慮(配慮)があってのことだった、とは思う。しかし実際は、大喝されても「バカを対象とした」原稿を作成したの方が良かったのである。これらは全てリサーチ不足の、秘書官に責任がある、と私は思う。
 自分の武将のバカっぷりを世間に堂々と打ちまけてどうする。ひょっとすると、失脚させたいがためのワナなのか?とさえ思えるフシすらある。
 原稿たるや、読む対象を入念に考えて、完璧に仕上げてこそプロである。裏の裏の、その裏をも見通す力量が書き手に試される——そこにこそ、本来、物書きの醍醐味があるはず、である。
「詳細」「 頻繁」「未曾有」「踏襲」。我が国ニッポンの麻生総理は、これらの漢字の読みが出来ない。
「詳細=しょうさい」を「ようさい」、「頻繁=ひんぱん」を「はんざつ」、「未曾有=みぞう」を「みぞゆう」、「踏襲=とうしゅう」を「ふしゅう」と読み上げ、記者団から指摘されても「そうですか。単なる読み間違い」と一蹴した。
 読みができないということは、書く事も当然、できないのだろう。ましてや、ことの意味については、皆目分かっていないのだろうとの察しもついてしまう。文章の前後から察して、あり得ないだろう「誤読」を平然とやってのける。しかも、国会答弁や行事の挨拶上でだ。
「出たよぉ〜ゆとり教育!」と、半ばシャレ的に使われる「ゆとり教育の歪み」を、自分のバカなる要因には持ち出せない「超ボンボン育ちの老獪」である。
 発足して2か月、余りにも暴言、失言の類いが多過ぎやしまいか——。カップ麺の市場価格を1個400円程度と予想する首相が「(医師に対して)社会的常識の欠落」を語って、またもや発言をアタフタと撤回する昨今。ごく普通の日本語でさえ正しく読むことができない68歳の首相を、私は笑えない。
2008年11月28日号(vol.179)掲載
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by sgraphics | 2008-11-25 01:00 | エッセイ

YES ! I CAN

 オバマが圧勝した。4日は夕方からテレビを着けっぱなし状態で、キッカリ深夜3時まで釘付けになった。勝つ予想はしていたが「でも案外、ひょっとして……、前回の例もあるしなあ……」と思うところもあって、画面から目が離せないでいた。午後11時18分。早々にマケインがアリゾナ州フェニックスの陣営で敗北宣言をした時点で「やったんだあ〜。アメリカ……やるなあ」と、オバマ氏曰く「合衆国民」でも無いのに、これからのアメリカへ、期待感が膨らんだ——。
 15年間、選挙権が無いまま、3度目の大統領選挙を味わった。オバマ次期大統領については今から遡ること617日前に、2007年2月23日号(vol.139)の特集で紹介した。多分、日本のメディアとしては幣紙が最初だろうと、ちょっと誇らし気に思っている。1916年生まれ、47歳のアメリカ大統領の誕生である。なんと年下だ。それに比べて、一体、私は何をしてるんだろうか……と、比べるのも烏滸がましい限りだが、つくづくそう思う。
 今、引っ越しの荷物作りに追われる日々を送っている。たかが15年、されど15年。荷物の1つ1つに想い出がある。私は遅まきながら36歳で渡米した。日本は終身雇用で離婚後でも安泰。このままズルズル勤めてさえいれば、毎月、給料は保証されているし、多少なりとも豊かな老後も待っている……そう思わなかったか?と問われれば、YES THAT'S RIGHTと答えただろう。その通りだ。それまで働いていた大手と言われる巨大メディアを辞めて「学生になってイチから勉強しよう」「40歳まではアメリカで頑張る」と意気込んでいたものの、損得勘定は何度もしたし、未練タラタラだった。離婚2年後、突然今度は「退職して渡米する」と言い出した娘のワガママを快諾してくれた両親、実際は心中キツかっただろう。そんな色んなシガラミを引きずったまま、ここニューヨークでズルズルと暮らして来た。振り返ると、本当に色んなことがあった。マグカップ1つ、ショッピング・バッグ1枚でさえ、すべてに想い出がある。f0055491_6254436.jpg
 昭和1ケタ生まれの両親を持つ私は「勿体ない」と、何でも捨てずに溜めるクセがある。クローゼットを掃除すると、出てくる出てくる紙製のショッピング・バッグや、きちんと折り畳まれた包装紙の山。何でこんなモンまで溜めていたんだろう?と苦笑しながら処分する。しかし、それらには懐かしいニューヨークの移り変わりが走馬灯のように見てとれる資料にもなっている。
「GALERIES LAFAYETTE」(ギャラリー・ラファイエット=写真)。そういや、このフランスから進出しているデパートで、生まれて初めて「CLARINS」(クラランス)の基礎化粧品類を買った。日本では高価だったし、アメリカなら尚更「Clinique」(クリニーク)でも買っておけ!的な感じだったから、ちょっと気位の高いギャラリー・ラファイエットで買うことへのステイタスも、少なからず感じていた。あの場所……、ナイキタウンになってから、もうどのくらい経つのだろう。
 7月から9月にかけて、最後の追い込みとばかり日本からの来客が相次いだ。久しぶりにブラブラと付き合いがてらショッピングに出かけ「何でもお任せください」とニューヨーカー気分で得意気に友人を案内するも、店の前まで来て「えっ?何年か前まで確かにあった…ハズ」とバツの悪い思いを何度もした。行く先々の店が消えているのである。それも1軒2軒の騒ぎではないので「歳とってボケたんじゃない?」と思われはしないかと、胸中穏やかではなかった。
 様子見に、会社へ休暇届けを出して日本から来てくれた友人皆に「グリーンカードも放棄するつもりで本腰を入れて帰国する」と話すと、100%「えっ?勿体ない!それは止めた方がいい。ニッポンは益々住みにくいし、絶対に後悔するから、キープしといた方がいい」と返ってくる。さらに「日本はマジ不況で嫌な事件ばっかりだし、仕事なんてとてもとても。組織も昔みたいに面白くもないし、その歳じゃ、まずムリ!ましてやフリーランスなんて、どーにも、こーにも。このご時勢だからねえ……」とネガティブ反応ばかりだ。日本を出た時もそうだった。「勿体ない」と、誰1人、決断に賛成してくれた人はいなかった。ニューヨークを離れる時もまた「勿体ない」を繰り返される。15年ぶりに、当然、損得勘定が作動する。もちろん未練もタラタラだ。しかし今、これらの迷いをスパッと断ち切るかのように、なり振り構わずドンドン捨てていっている。
 50代になって、再度スゴイ賭けに出る。本来なら、そろそろ老後を気にしつつ、穏やかな余生の在り方などを検討していたであろう年代だ。今まで好きに生きてきた分、そのツケは大きい。貯金もなし崩しに無くなり、一文無しの状態で始める哀しい50代を、誰が想像できただろう。「YES! I CAN」。イチかバチか、やるしかない。
2008年11月14日号(vol.178)掲載
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by sgraphics | 2008-11-13 07:15 | エッセイ

どこか、間違ってやしないか——。

 今の日本の若い人たちは、所、相手など構わず(選ばず)、絵文字を多用(乱用)しているのだろうか——。
 ここ最近、日本の物件探しで、大手、弱小を問わず、アチコチの不動産斡旋業者とeメールを交わしている。しかし返ってくるメールの大半は「絵文字」付きである。
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先日はお問い合わせいただきまして有難う御座いましたm(----)m
この度は物件お問い合わせ頂き、ありがとうございますっ(=゜ω゜)ノ
この時期は良い物件、安い物件から無くなるのが現状です(>_<)
お問合せ頂いた物件、現在1室のみ空きございます(^v^)
それでは、失礼致しますm(__)m
お待ち致しておりますっω_(゜゜ )//
何卒よろしくお願い致しますm(----)m
ぜひお早目のご来店をお勧めします(^?^)
ご質問、ご相談などお気軽にお問い合わせ下さい☆♪☆
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 感嘆符「!」は極当たり前で、音符「♪」や、星「☆」なども、句点「。」の変わりに用いられている。しかも、問い合わせに対して、取りあえずの礼の意を示す「ありがとうございます」の語尾や、来店を誘致するための「お待ちしております」などの語尾にも、小さな「っ」が入り「ありがとうございますっ、お待ち致しておりますっ」となる。これら営業メールでだ。もし、店頭を訪れて相談する場合、相手はタメ口なんだろうか。それとも客の年格好をみて即時判断するのだろうか。相手が見えないeメールでは「相手が希望する物件タイプや希望する場所」から大体の年齢を想定して、こういう馴れ馴れしい返答になるのだろうか。
 どこか、間違ってやしないか——。

 さらに、帰国するに当たって「ムービングセール」の告知をインターネットの掲示板でしてみた。すると意に反して、結構な問い合わせがあり、その際、不特定多数の見知らぬ人とのeメールのやり取り(時間と手間)もバカにならない。帰国後、再度購入しなくてはならないモノも多数あり、本当にバカバカしいが、それらを持って帰ろうとすると、引越し費用が1000ドル単位で嵩むため、荷物のほとんどが「引き取りに来て頂けるなら無料です」というものだ。また有料であったとしても1ドル、2ドル程度である。それでも引き取って貰うために数回、eメールでやり取りし、日時を決め、モノを1つ1つ丁寧に梱包して、その都度、階下まで降りて挨拶を交わして手渡す。大きいに荷物を運ぶ時は、わざわざコンシアージで「カート」を借りて運んだりと、力仕事でもある。引き取りに来られる全ての人に「どうせ捨ててしまうから」と何かオマケのプレゼントを付けている。しかし、言うところの「モンスターペアレンツ」的な人に出会うのだ。
 一体、どういう了見なのか、全くもって私には分からない。「貰ったお皿が少しカケていました。どうすればいいですか?」「折角、ミッドタウンまで行くので、ぜひ取りに行きたいです」……。この「折角」の意味が分からないし、無料で差し上げているモノに「どうしたらいいですか?」と問われても「お嫌ならどうぞ捨ててください」としか言いようがない。「無料なら引き取りに行ってでも欲しい」と仰るから……という理屈は、どうも通らないようだ。
 どこか、間違ってやしないか——。

 作家、故司馬遼太郎は「竜馬がゆく」などの作品を著した旨を、自身のエッセイ「なぜ小説を書くか」で次のように語っている。太平洋戦争で敗れた時、指導者の愚かさを痛感し「昔の日本人は、もう少しはマシだったのではないかとの思いから記した」と。今、この時勢だからこそ、国の行く末に危機感を抱いてペンを走らせた彼の思いがヒシヒシと伝わってくる。末期的な世界経済の低迷、将来不安がつのる毎日。戦争こそ経験してはいないが、指導者の愚かさを痛感することに変わりはない。昔の日本人は、もう少しはマシだったのではないか——。いつの世も「昔は……」がカギとなる。
 今、宮尾登美子原作のNHK大河ドラマ「篤姫」が人気だという。従来のリサーチからも、到底、大河ドラマには絶対ハマらないとされている10代や20代前半の女性たちが、トレンディドラマを観る感覚で大河ドラマに釘付けになっているらしい。「篤姫」は幕末から明治維新に至るまでの激動の時代を、女性の視点から捉えたストーリーで、フジテレビの十八番「大奥」シリーズの流れの影響で、同番組などの時代劇にもスッと入り込めたのだろう。何でも自分の目で確かめ、考え、何に対しても決して背を向けず、常に毅然と立ち向かう篤姫の凛々しい姿に、ひょっとするとアニメのヒーローを重ねているのかも知れない。
 しかし、世も末、何か、間違ってやしないか——。
2008年10月31日号(vol.177)掲載
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by sgraphics | 2008-10-31 10:27 | エッセイ

ケータイ小説

 猫も杓子も「作家」を名乗りたがる——1億総作家の時代である。
 手軽にブログやネット上で日記を公表して、やれ忙しいだの、取材だ!撮影だ、と宣っているライター気取りの輩は、ごまんといる。
 よくもまあ、恥ずかし気もなく「作家」を名乗れるなあ、と感心するのだが、つい最近、作家大先生と言われる86歳なる御大の作品を、ネット上で、もちろん只で読んだ。それらは今流行の「ケータイ小説」なるものである。

「ケータイ小説」の始まりは、2000年に発表されたYoshiの「Deep Love」だという。そういや、こっちのフジテレビでもオンエアされていたドラマ「翼の折れた天使たち」に、Yoshiという名前があったなあ〜くらいの感覚である。
 Yoshiなる人物が、誰であるかすら知らないが、ケータイ生活に不慣れな在米者にとっては、所詮その程度だ。しかし、携帯サイトにアクセスすれば、誰でも手軽に発表でき、出版社の目に留まれば、次々と書籍化されて、今や100万部を突破するベストセラーも数あるらしい。
 いやはや自称「作家」だらけになっているのも、また真実であるようだ。生業(肩書き)のカテゴリー上「ケータイ小説家」があるということも頷ける。

 先日、ネット上のニュースで「瀬戸内寂聴さんがケータイ小説」という見出しを目にした途端、ちょっと興味が湧いてしまった。
 スターツ出版が運営するケータイ小説サイト「野いちご」で、正体を隠して密かにコギャルたちと交流を持っていらしたこと自体に驚いた。
 寂聴さん自身「私もこっそりケータイ小説を書いていました。わくわくしました」とコメントしている。
 う〜ん、それって、ちょっとイイな。そう思って読み始めた。

 ユーザネーム「ぱーぷる」さん
 会員番号「73865」
 性別「女」
 誕生日「さつきのころ」
 自己紹介「最近ケータイ小説はじめました ドキドキッ ヾ(=^▽^=)ノ 感想まってます」
 書いた小説「あしたの虹」

 その正体が明かされるまで、誰が、この「ぱーぷるさん」が、86歳の老婆だと気付くだろう。
 文体に「マジ」「ダサ」「ヤバイ」などギャル語らしき言葉も目立つし、ご丁寧に絵文字まで使ってある。ましてや瀬戸内文学とまで称された、あの瀬戸内寂聴だと誰が思うだろうか。
 私の世代では瀬戸内寂聴というより、まだ瀬戸内晴美の方が馴染みがあるし、まず「源氏物語」のイメージが思い浮かぶ。そう!これがヒントでもあったようだ。
 ユーザネームの「ぱーぷる」さんは紫式部であり、小説「あしたの虹」の主人公(ユーリ)が恋焦がれる相手の名前、ヒカルは、光源氏だったと……。

 この「あしたの虹」については、如何せん駄作だと、私は思う。
 陳腐な内容と展開、意外性のカケラもない。がしかし、若い娘たちにとっては、感動作に値するのだろうとの察しもつく。
 ケータイ小説とは、こうなんだ、と知ることにも繋がった。
「ぱーぷるさん」が設置されている感想ノートには「とっても感動出来ました。泣いてしまいました (;-;) 素敵なお話で、なにか心にジーンときます」などの文字がいっぱい踊っている。
 ごく普通の86歳のおばあちゃんたちは、孫と、こういう会話を望んでいるのかも知れない。健康器具や健康食品、あるいはご馳走などを頂くより、余程嬉しいプレゼントに違いないだろう。

 短く平易な文体。カタカナが多く、しかもギャル語。
 修飾語をトコトン省き、情景描写も、寒いのか暑いのか程度で、あまり必要ない。要は等身大の会話とカギ括弧で始まるセリフが命だ。
「ケータイ小説を書く」という縛りは、想像するより、かなりキツそうである。
 表示できる文字数が限定されることもあろうし、漢字が読めない、日本語を知らない世代が読んでくれる対象者であるから、今まで慣れ親しんできた文体からは、かけ離れた表現法にも苦労するだろうと思う。
 寂聴さんは、これらケータイ小説が「何故読まれているのかが知りたい」という気持ちから、絵文字も使って挑んだという。
 読者層はティーンの女性がほとんどだ。書き手と読み手が、同年代ゆえに共感を呼ぶのだろうか——。もし娘がいたなら……と思ってみても仕様がない。また、年代を偽ってマネて書いたとしても、必ずどこかで無理が生じるだろう。
 どの小説も、作家志望でもないごく普通の若者が書いているらしい。
 もちろん私も作家を名乗る気などない。しかし、このちょっと不思議な「ケータイ小説」の世界は、これからの余生の愉しみの1つとして覗いてみたい気がしている。

 ケータイ小説のメインとされる「恋愛小説」は、経験も極端に少ないことから最も苦手な分野である。が、ケータイ小説は、ワンパターンの筋書きだからこそ、逆にウケてる訳で、ヘタに小細工した意外性のある内容を、これら読者は求めてはいない。
 書き手も賛辞を欲しがってもいないし、単に、見知らぬ誰かに話を聞かせたいだけである。おこがましくも私が目指している大衆文学は、そうあるべきだと、そこから始まるんだと、私は思う。
 20数年、他人の文章を世に出すためだけに懸命に編集者としてやってきた。今更、気取って芥川賞でも直木賞でもない。
 イチから始める人生の再スタートに、この「ケータイ小説」は相応しい気がする。
 まずはケータイを購入して、絵文字も使える程度に学習し、漢字も慣習も一切除外して「書く事、書けることの楽しさ」を、もう一度味わってみよう——これが50歳、今の決意である。
2008年10月17日号(vol.176)掲載
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by sgraphics | 2008-10-18 08:16 | エッセイ

「当然、私が正しい!」恐るべし思い込み

「ニシコリ、ニシコリー!」。
 今年のUSオープン(テニス)の大会6日目、3回戦で、全く予想外だった錦織圭(日本=写真)が第4シードのダビド・フェレール(スペイン)を倒して4回戦に進んだ。これは、オープン化以降日本史上初の4回戦進出となるらしく、日本のスポーツニュースなどのサイトでも騒がれていた。が、読んでみると、結構ウソの報道も多い。
 日本でどう伝えられているのか分からないが、この試合も、全くテレビ画面には登場しなかった。プライムタイムに差し掛かる時間帯であったため、女子シングルスの試合が流されていて錦織の試合は途中経過を伝えるアナウンサーの声のみの放送であった。しかし、放送中の女子の試合で選手がケガによる手当を受けている間だけ、画面が違う試合へと映り変わる。相手がフェレールなので、ひょっとして……と、期待に胸を膨らませたが、映された画面は、他の男子シングルスの試合であった。
f0077769_1051123.jpg 結局、テレビを横目にラップトップのコンピューターを手もとに置いて、USオープンのオフィシャルサイトで「ライブ・スコア表」で、数字が次々入れ替わるのを見守っていただけである。それでも、北京五輪の時より遥かに愛国心が湧いたことに変わりはない。15、30、40と、コンピューター画面に映し出される単なる数字に一喜一憂して「YES!」「がんばれ!ニシキオリ!」と声を出しガッツポーズを取りながら声援した。
 テレビ画面から聴こえてくるアナウンサーが時々伝える、錦織の途中経過の声のみの放送……。「ニシコリ、ニシコリって、ったく!ニシキオリだろうーがっ」。そういやオフィシャルサイトの表示もニシコリ(NISHIKORI)となっている。「ったく!」と憤慨した。
「アメリカ人は本当にバカ。何でちゃんと調べないんだろう。奴らには、ホント愛がないんだよなあー」。そう、愛がナイ=「i」がないのである。
 NISHIKORIではなくNISHIK「i」ORI。奴らバカだから、絶対、間違っている。そう信じて疑わなかった。
 最後の5セット目、トータルで約10分くらいだろうか、やっと錦織の試合がテレビ画面に映し出された。苦戦しているものの、何だか視ていて負ける気がしない。相変わらずアナウンサーや解説者の「ニシコリ」連発にうんざりしながら、イチイチ「じゃねえーよ、ニシキオリだっつーの!バ〜カ」と突っ込みを入れ、試合が終わった。ニシコリが、あのフェレールを下して4回戦進出の切符を手に入れた。
「スゴイぞ!ニシキオリ。やったー!」と声に出して喜んだ。
 若干18歳のスゴイ日本人選手が現れた。今後、私の中のテニス熱は益々過熱するだろう。勝利者インタビューで錦織が放った最後の言葉「I DON'T KNOW」に会場はドッと湧いたが、まあ、彼は今マイアミで暮らしているということだし、英語でのインタビューはこれからもっともっと上手く受け応えできるだろう。テニス選手は例外なしに、どこの国の選手でも、ちゃんと英語で受け答えができるよう指導されている。日本人メジャーリーガーも通訳に任せず、いい加減見習うべきだとつくづく思う。それにしてもだ。この「ニシコリ」が正解だったなんて……。夢にも思わなかった。
 愛が無い(iがない)と思って疑わなかった。アメリカ人はバカだと中傷した。日本人の私の読み方に決して間違いは無い。そう信じて、断固、知ったかぶりを圧し通して声援していた。「私が当然正しい」。思い込み、概念とは何と恐ろしいモノだろう。「ニシコリ……」。思いもよらなかった。
 大会7日目の4回戦、ニシコリは19歳のフアン・マルティン・デル=ポトロ(アルゼンチン=ATPランキング17位)に、あっさり3対0で負け、大会から姿を消した。もちろん試合は1分足りともテレビで放送されなかった。こんなもんだ。世界の壁は厚い。
 今大会で感じたのは若い選手たちの猛烈な勢力だ。最強ナダル(スペイン=同1位)もまだ22歳だし、昨年、話題をさらったジョコビッチ(セルビア=同3位)も21歳である。しかしお馴染みではない面々が次々と現れ、しかも大抵はティーンエイジャーだ。彼らはアメリカンナイズされているのか、今どきのガイズなら、どこの国も同じなのかは分からないが、1球ごとのガッツポーズが、やけにリアルで好感が持てる。ゴルフしかり。もう過去の「紳士淑女のスポーツ」とは、かけ離れた力づくの試合展開がコートで炸裂する。大袈裟ながら清々しい——稀にみるエンターテイン・スポーツである。
2008年9月12日号(vol.174)掲載
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by sgraphics | 2008-09-09 10:05 | エッセイ

「らしい」を突き進むオリジナリティー

 最新の映像技術が駆使され、壮大なスケールで行われた開会式で幕が開いた「北京五輪」も、色んな問題を残したまま、やっと終わった。ここニューヨークで、祖国ニッポンを応援したのは何度目だろうか——。放映権を持つNBC局で連日流されるのは、もちろんアメリカ人選手がメインである。滅多とニッポン人選手の活躍にはお目にかかれないが、最早、日本人代表選手よりも、常にTVなどで目にしているアメリカ人代表選手の方が馴染みがあり、より身近な人となっている。
「毒入りギョウザ事件!再過熱」。
 会期中、日本のネットワークニュースで、嫌気がさすほど中国の不祥事を日々知らされることにも慣らされた。さりとて、ニューヨークに暮らしていると然程、過敏にもならず、相変わらずチャイナタウンに出向いては色んな食材を買い漁っている。ご当地チャイナタウンも五輪に何ら左右されることなく、いつも通りで、街は常にコピー商品で溢れかえっている。
 彼らは、そういう人種なのだ。
「北京五輪開会式で、中国の56の民族代表と紹介された子どものほとんどが漢民族と判明」というニュースが、五輪が始まって1週間目には報道されていた。どうやら開会式で配布された資料に「中国の56民族からの56人」と明記されていたが、実際は、大多数を占める「漢民族」だったということである。これについての北京五輪組織委員会の説明が面白くて、正直笑えた。当局はあっさり事実と認め、悪ぶれる様子もなく「イベントなどでは、よくあること」と説明。
 う〜ん。実に「らしい」。
 さらに次々暴かれたニュースの中での「らしい」を紹介すると、手始めは「口パク事件」である。f0077769_548339.jpg
 あの壮大な開会式で、少女(林妙可ちゃん=9歳=写真左)が歌った「革命歌曲」が、実は、中国共産党政治局の指示による口パクと判明した。世界中に流れたあの歌声は、別の少女(楊沛宜ちゃん=7歳)の声の吹き替えだったらしい。で、当局の説明が、これまた「らしい」のである。
 当局が堂々と発表したコメントは「7歳の少女は容姿がいまひとつで、9歳の少女の方は歌がいまひとつであるため替えた」である。えっ?そんなバカな……と思うのは人種、文化、教育の違いである。
「中国最悪!国は子どもを利用してもいいのかっ!幼い少女たちの心を傷つけることは二の次、三の次かっ」。そう考えるのが最も一般的だろう。しかし「人民」は違うのだから、こっちの一般的な考えを押し付けて、人民にコメントや釈明を求めても無意味である。
 期待する回答を求める方がヘン(傲慢)なのだ。
 中国系のネットニュースでみると、7歳の楊沛宜ちゃんは「姿が出なくて、残念ではありませんでしたか?」とのインタビューに「全然。オリンピックでは、幕後英雄(縁の下の力持ち)がいっぱいいるし、私の歌声を使ってもらえて大満足です」と元気よく応えて(応えさせられて?)いる。ま、当然の答えだ。また北京市民は「一番きれいな娘を中国人の代表にしただけ。どこが悪いの」「アニメのアフレコみたいなもの」と、実に「らしい」大陸的なコメントだ。
 調べてみると、どうやら9歳の林妙可ちゃんは国民的美少女アイドルで、TVや映画にも数々出演し、最新の映画出演料は3分間で60万元(約900万円)らしい。また現地法人「トヨタ自動車」「松下電器」などの日系企業を含む約40社の企業広告でもお馴染みの顔という。
 現在、中国の大手ポータルサイト「新浪網」では、この話題の2少女の人気投票「林妙可VS楊沛宜」が展開されており、途中経過の発表では、歌声代表の楊沛宜ちゃんがダントツ1位で70%を超えている。
 続いて暴かれたのは「五輪の歩み」をイメージして天安門から会場に向かって打ち上げられた花火である。生中継で世界中に流された「花火」の画像は、すべてCGの合成映像で、音楽は事前に録音したモノが流されていたということだ。「やっぱりなっ!」。何事に於いても、結果良ければすべて良し!何が起こっても不思議がらない、騒ぎ立てない、追求しない……。
 実に「らしい」のである。
 8日の開会式当日、TV中継の画面を観て「ほおぅ、中国も、なかなかやるなあ〜」と、21世紀の中国に期待しつつ、そんな彼らに脅威すら感じていたが、瞬く間に「無理ムリ!いやいやアカンでやっぱり…」と、中国当局レベルの実態や人民たちの感情を知って苦笑(安堵?)した。
 4000年、5000年とも伝えられている彼らの永い歴史。彼らは「らしい」を払拭するまで、あと何十年、いや何百年かは必要とされるかも知れない。
「チベット問題」「ウイグル自治区カシュガル襲撃事件」と山積している独立問題。胡錦濤国家主席が語った「五輪の決定的要素は団結、友好、平和」とはほど遠く、民族問題が先鋭化している実情を、さらに世界に露呈してしまった北京五輪——。何ら解決の道が見出されないまま、彼らはドンドン突き進んでゆく。
 実に「らしい」、見事である。
2008年8月29日号(vol.173)掲載
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by sgraphics | 2008-08-28 05:49 | エッセイ

名声を取るか住み心地を取るか……それが問題だ。

 前回の「嗚呼!デザイナーズマンション」に続く、日本での物件探しの続編である。
 つい2週間前「えっ、来月帰国しなければっ!」と、引っ越し業者選びにまでコトが及び、資金面調達に頭のイタイ思いまでした物件に、遂ぞ、出会ってしまった。
 今年はどうやら新築物件ラッシュらしく、賃貸物件もめじろ押し状態である。
 上を見ればキリがナイことを知りつつも、ついつい月額家賃の上限を上げて探してしまう。日本の友人の話だと、大抵、独り暮らしを始めるOLが借りる月額レンジは10万円以下のワンルーム(1R、1K)で、最多は平均月7、8万円といった相場らしい。
 なるほど、日々仕事に疲れて「帰って寝るだけ」に等しい我が家に、さほど贅沢する必要もないだろう。やがて結婚(同棲)するまでの仮住まいである。よって10万円以下の物件数はめちゃめちゃ多く、そのバリエーションたるや、アメリカのエージェントは爪の垢でも煎じて飲むべきである。
 狭い空間を、如何に上手く工夫して設計するかに於いて、日本のアーキテクチャーの右に出る人種はいないだろう。
 その最たる人、そう、安藤忠雄。この人である。f0077769_1501378.jpg
 大阪市港区出身の彼の作品の数々は、文化教育施設や博物館、美術館、またはギャラリーや商業施設などで、世界的にみても「一般住宅」を手掛けた数は、たかが知れている。
 個人的な繋がりから、彼が受注した住宅(住吉の長屋)、または彼が建て直しを所望した住居(六甲の集合住宅)以外、ほとんど見られない。ましてや公共プロジェクトの一貫でもない「単なる賃貸物件」などは皆無である。
 しかし、その1つが、今年2月、大阪キタにある安藤忠雄建築研究所のすぐ傍に建てられ「入居者募集中」という。
 世界の安藤が設計したマンションに入居できる——「これは、ひょっとしてアリかも知れない」。正直焦った。
 現在残っている空室は2戸(Aタイプの1R=42.97㎡)。家賃+共益費込みで月々12、13万円程度。壁はコンクリート打ちっぱなしで床はフローリング。立地も梅田ロフト近くで都会のド真ん中、住居兼事務所(SOHO=スモール・オフィス・ホーム・オフィス)としての使用も可能で条件は決して悪くない。
 帰国して、知り合いに伝える際の「付加価値」としては最高のインフォメーションにも成り得ると、スケベ心もちょいと顔を出す。
 兎に角、物件の詳細が知りたくて、このビルを取り扱っているエージェント数社に早速、問い合わせのeメールを出してみた。
 流石だ。思った以上に日本の不動産会社の対応は早い。
 即、各社から快い返信が届いて、添付されて来た「間取り」(右上)や画像(左下)を食い入るように見て、敷金や礼金(約60万円)などを弾き出して算段、思案する日々が始まった。
 寝ても覚めてもこの間取りとの戦いである。ただ1つ悩んでいることは「めっちゃ狭い」ことだ。14.7帖のたった1つの空間に「住まいと作業場」を両立させ、どれだけ我慢できるかにかかっている。
 阪急梅田駅から徒歩6分、RC構造7階建て。総戸数は18件、1階に店舗が1件と専用駐車場2件分、これが同ビルの全てだ。f0077769_1505893.jpg
 しかし、梅田から徒歩6分はデタラメである。通称「新御堂」の高架を越えてまだ東へかなり入る。
 毎日放送本社ビルや梅田ロフトからも5分はかかると予測できる。もしかすると地下鉄御堂筋線の中津駅の方が全然近いかも知れない。私の足では、どちらの最寄り駅へも10〜15分は有にかかるだろう。まあ、若者たちがたむろする今どきの商業店舗が密集する街並みをテクテク歩く訳だから、そんなに遠くは感じないだろうとは思う。
 同ビルの外観やエントランス、各戸の玄関廻り(デカくて重厚なドア)は、部屋の内装&設計に比べてかなりイイ感じに仕上がっている。しかし、ハッキリ言って、ココで暮らすのは快適ではない。どころか、この家賃で他を探すと、デザイナーズマンションが建ち並ぶ人気のミナミの堀江辺りでさえも、もっと快適で広いイイ新築デザイナーズ物件が続々見つかる。
 見た目、名声を取るべきか、住み心地を取るべきか……、それが問題である。
2008年8月15日号(vol.172)掲載
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by SGraphics | 2008-08-12 01:51 | エッセイ

嗚呼!デザイナーズマンション

 躍起になること無しに、何とな〜くだが、日本での賃貸物件を探している。
 生まれてこの方、都会のコンクリートの中でしか生きて来ていないし、親類縁者すら誰一人、地方に暮らす知人を持たないため、漠然と自然に囲まれた田舎での緩やかな生活に憧れを抱いている。f0055491_3301273.jpg
 ニューヨークでは北海道から沖縄まで、結構、地方出身者と出会ったが、その人を頼りに、周辺の物件を探すほど仲が良いワケではない。
 しかしまあ、近い老後、ひとり一人を訪ねて、日本国中、津々浦々行脚できるのもまた、長年この地に暮らしたからこその「ご褒美」かも知れない。
 それにしても「一度、田舎で暮らしてみたい」という気は薄れない。歳の所為だろうか——。もう現役でバリバリ働くことも、多分ナイであろうと見込んだからか——。
 ここ数年ブームの「沖縄移住組」にノルのも、気乗りせず、かと言って縁もゆかりもない地方都市に独り移り住んで、自然と暮らす「奇をてらったアーティスト」では毛頭ない。特に、田舎に籠って何かを創る作家風でもナイし、町おこしのお手伝いをする善良な市民になるには、相当遠い感じだ。
 何より、根っから都会育ちの弱点は、蝶やトンボにも慣れておらず、わずか3mmのテントウ虫にさえビビらされる極度の「虫嫌い」にある。
 数年前、ロス辺りにでも住み着いて「トピアリー」(樹枝を動物・星・円錐などの形態に刈り込む人)の修行でも積んでみようかと、不埒な考えがよぎったこともあったが、如何せん「虫が怖くて仕事になるかいな!」と友人から指摘され、即、断念した苦笑いの経験もある。
 余談ではあるが、生まれて初めてこの目でホタルが飛んでいるのを見たのは、アッパーウエストサイド87丁目に住んでいた友人の古ぼけたアパートのベランダからである。
 ただ漠然と憧れているだけで、何の目的や目標も持たない輩には、田舎に移り住む権利すら与えられていなさそうな空気である。
 徒歩1、2分で主要地下鉄の駅に辿り着き、傘入らず。駅前には年中無休で24時間営業のコンビニがあり、ちょっと足を延ばせば児童公園くらいはある。週末、ちょいと車で飛び出せば、狭い日本、都心から小1時間も走ると、当然海か山にぶつかる。街は旨いモンで溢れかえり、通勤ラッシュや携帯生活にこそ慣れていないものの、ごった返した都会が、老いつつあるカラダに最も適した適所になっているのだろう。
 やっぱり都会しかないか——。f0055491_331885.jpg
「個性ある住空間をご提供いたします!」
 日本を出た15年前には多分なかったハズである。サイト上で、デザイナーズマンションという「ハコ」にイチイチ目が停まる。なるほど、壁はコンクリート打ちっぱなしで床はフローリング仕上げ。ロフトと謳った中2階の低い空間へは、数段の梯子が備え付けられてある。
 何かのドラマで見たような、都会での1人暮らしの王道をゆく洒落た空間は、きっと若い人たちにウケがいいのだろう。狭い空間をいかに広くみせ、合理的かつクールに使うか……。アーキテクチャーの腕の見せ所である。しかし、得てして格好ばかりに気を取られ、快適にはほど遠い設計になっているモノも多々ある。
 その1つがバスルームである。
 時代は変わった——。
 お風呂場と呼ばれていた従来の浴室が、何故か全面ガラス張りになっていて、トイレの便器、洗面所、浴槽が1つに集められ、リビングから丸見え状態の物件が台頭している(写真参照)。
 その浴槽も「足付きのバスタブ」がデ〜ンと置かれてあって、洗い場は無く、バスタブの中でシャワーする洋式タイプだ。よってシャワーカーテンの導入である。
 日本式の、ちょいと跨いで深く浸かる「埋め込みタイプ」の浴槽と洗い場がついた浴室は、施工も大変だろうし工費もかかるだろう。コストも抑えられ、尚且つカッコイイという観点から「丸見え」でもヨシとされるバスルームに物言いを付けたい。
 その昔、タイル張りの浴室掃除(カビ取り)の苦労から解放されると主婦が泣いて喜んだ「一体ユニット型」バスルーム。経済成長とともに団地からマンションへと時代は変わり、蛇口を捻ればお湯が出て、更に追い炊き機能も付いた淡いカラーのユニットバスに、誰もが格好イイと感じたのは25〜30年前である。
 それが…、である。
 壁やドアはガラス張りで、床もコンクリートあるいはタイル張り、そこにむき出しのパイプ類にシャワーカーテンという「掃除泣かせの浴室」に逆戻りしている。
 結局、ガラス張りのドアには目隠しのパテーションなるものを取り付けるだろうし、陶器にはヒビ割れが生じるかも知れない。パイプ類もサビるだろうし、ゲストが来る度、浴室掃除にホトホト神経を使うことになるだろう。何が哀しくて、またシャワーカーテン……。
 ダサイと言われてもいい。帰国したらやっぱり「日本のお風呂」に浸かりたい——。
2008年7月25日号(vol.171)掲載
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by sgraphics | 2008-07-25 04:16 | エッセイ

ぼちぼちいこか

f0055491_114438.jpg「知ってはりますか?くいだおれ、潰れるねんて」——。約2か月前、マサチューセツに住んでいる友人からの電話で事を知った。
 大阪・道頓堀の名物店「くいだおれ」が7月8日夜、閉店し、約60年の歴史に幕を下ろした。代々浪花っ子の血を受け継ぐ「こいさん」ではあるが、私は、この「くいだおれ」に入ったことは1回もなく、多分、両親も同じく一度として足を踏み入れたことはないだろう。地元の人間というものは、得てしてそういうものなのかも知れない。
 閉店を報じる各ニュースサイトから、ふいに興味が湧いて来て今日、生まれて初めて同店のホームページで店内を覗き見た。「ふ〜ん、中はこんな感じやったんかあ」と、勝手に描いていたイメージと随分異なっていたことにまず驚き「1回くらい行っといたらよかったなあ」とも思った。勝手に描いていた…、とは言ったが、幼い頃から数え切れないほど店の前を通ったものの、一向に入る気がしない店の1つであったことに変わりはない。昭和の記憶が確かであれば、道頓堀の「汚い、不味そう、安っぽい」という大衆食堂の代表格店であったような気がする。よって名物の人形もジロジロ見た事はなかったし「ピエロのチンドン屋」スタイルに眼鏡というアンバランスさに、子供ながらも「あほらし」とソッポを向いていた。f0055491_11444127.jpg
 同じような感情の1つに通天閣がある。生粋の「ナニワな奴」として、この先生きてゆくのにも、一度くらいは、ちゃんと上って「ビリケンさん」にも触れておこうと思ったのはニューヨークで暮らし始めてからだった。もう10年近く前になるが、こっちに住み着いてから、初めて一時帰国した時、年老いた両親と連れだって、3人で生まれて初めて通天閣に上った。もちろん両親も初体験であった。最上階の展望台からみた大阪の街はどんよりくすんで、ここでも勝手に思い描いていたイメージとは丸っきり違っていた。ビリケンさんの足の裏をさすり、塔内にある喫茶コーナーで3人3様、感慨に耽りながら黙って食べたアイスクリームの味は、未だに忘れられない。
 くいだおれ人形の吹き出しに「永いこと ありがとう おおきに」と書かれてある。この「おおきに」という言葉を、大阪ことば事典で調べてみると「大きに」の行訛(イの音がエの音に変わったもの)として【オォケニ】として出てくる。「おおけに」だと全然しっくり来ないのだが、元々は「おおけに はばかりさん」が略されたもので、略して使う場合は「に」に力を込めて発声するものらしい。もちろん意味は感謝の意で、注釈として「最小の感謝から最大の感謝まで通じるところに、大阪ことばの不思議な面白さがある」と書かれてある。「また、これでサンキュー、ノーサンキューの両方にも微妙に使い分ける」とも付け加えられている。
「おおきに」——。実にやさしいイイ響きである。この大阪弁をこよなく愛し、この言葉を自由自在に操れる自分が好きである。「おおきにぃ」という言葉を聴く度に、キー坊こと上田正樹と、オカマ風のジュンちゃんこと有山淳司の「おぉ、そこの君、おぉきにぃ〜」というフレーズが頭の中でこだまする。まるで掛け合いの漫才みたいなセリフに曲をのせたブルース。75年発売されたアルバム「ぼちぼちいこか」をすり切れるほど聴いていた頃は、まだ大阪には大衆文化がいっぱい残っていた。そういや、くいだおれの閉店に伴って、キー坊とジュンちゃんが店内でライブを行ったとネット配信で伝えられている。
 そう、私はこれが言いたかったのかも知れない「ぼちぼちいこか」——。
2008年7月11日号(vol.170)掲載
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by sgraphics | 2008-07-11 13:15 | エッセイ