アメリカンズ・ウエー

 アメリカから完全撤退し、一時帰国を除いて15年ぶりに日本に着地して約2週間が経った。日本のテレビ映像から毎日流し出される深刻化した「失業問題のニュース」を耳にするたび「一寸先は闇」を思い知らさる辛い日々を送っている。それでも街に溢れる若者は皆、最新式ケータイやipodなどを手に、今年の流行らしき高価なダウンジャケットを身に纏って好き勝手に生きている(……ように、私には見える)。
 日本の住民票を一旦放棄してアメリカの日本総領事館に在留届けを提出している身としては、帰国後、部屋を借りるにしても、取りあえずのバイト先を探すにしても、ことごとく却下される難儀な問題に直面する。疎外感とでも言おうか、日本国籍を持っていても何の意味もない。お役所的なことには全て住民票や印鑑証明書、はたまた源泉徴収票などは必須である。それも15年間、日本に税金を支払っていなかったツケだと思うしかないが、今まで道を外すこともなく生真面目にガムシャラに生きて来て、気がつけば50歳になっていただけのことなのだが(私にすれば)、本国に帰ると、ちょっとしたことにも、私には全く社会的信用が無く、何でもカンでも、たった1人の兄貴に保証人を頼むしか、この日本で生きる(生かされる)道は無くなっていた。「あ〜、兄弟がいて良かったぁ」と、本当に思い知らされる。
 そこに加えて、最悪な円高ドル安である。日本のクレジットカードも15年前に失効していて現金(円)もあまり持っていないため、ちょっとした生活用品購入の支払いも、取りあえずはアメリカ発行のクレジットカードに頼らざるを得ない生活だ。何かを買う度にアメリカの銀行口座からドンドンお金が引き落とされるのだが、アメリカの銀行は規定貯蓄残高に満たなくなった場合は毎月手数料もしっかり取られるシステムだから2度イタイ思いをする。
 こんな辛い事情から、いつまで経ってもアメリカの口座すら閉じられない状況が続いている。そこへ、追い打ちをかけるノーティスなしのアメリカでの定期的な仕事の打ち切りだ。不況に嘆く在米日本人の状況も、手にとるように分かるため、グッと堪えて二つ返事で条件を飲むしかない。
 ほんの僅かな収入であったにせよ、アメリカの口座をキープする微かな望みであった仕事が、突然消えた。職業柄、私はインターネット環境さえ整っていれば、どこの国であろうが一切違わず仕事の受注は可能である。「帰国または移動する」ことに何の障害も生じない特異な有り難い職業でもある。しかし世の中とは、何か相手にエクスキューズを求める。本来、何の原因にもならないことだが「○○さんが帰国するから」というフレーズが、どうやら公然と打ち切りの理由になってしまっているようだ。これがアメリカンズ・ウエーなのかも知れない。
 イラクから完全撤退しないブッシュ大統領に対して14日、靴投げ騒動が起こった。米軍がイラクに駐留する根拠となる米軍地位協定に、イラクのヌーリ・マリキ首相とブッシュ大統領が署名する際の共同会見上で、エジプト・カイロ放送局のイラク人記者が「別れのキスを受け取れ、この野郎!」と罵声を浴びせながら、自分が履いていた左右の靴を投げつけた。
 この記者はただちにボディガードらに取り押さえられ、会見場から引きずり出されたが、ここ2、3日のニュースを見ると、この記者を英雄視する報道がアチコチで目立っている。根強く残るアメリカに対しての敵意は、決して拭い去ることは出来ないだろうが、この騒動の結末を見て知って「YES! THIS IS AMERICA!」「めっちゃええやん。これこそアメリカ人やん!」と、つい口に出して苦笑してしまった。こんな緊迫した状況下で、咄嗟に「今の靴のサイズは10だったよ」と一笑して、会見を丸く治めて続行したブッシュを、私は手放しで受け入れる。さらに「アンタは吉本新喜劇かっ」と突っ込みたくもなる。どこの国の大統領(要人)であれ、こんなクールな対応は出来なかったと、私は思う。騒動後の未だ反省の色が見えないコメントについては「やれやれ」とは思うが、ここらもまた、アメリカンズ・ウエーなんだよなぁ、と既にアメリカを懐かしんでいる自分がいる。
 これから私は、まだまだ靴を投げつけられる思いに遭遇するやも知れない。しかし、どんな状況にあっても、吉本のノリで、何事にも上手くジョークで交わすことのできる大らかさと余裕を持って過ごしたいと心底願っている。どんな相手であれ、こちらが大人でクールな態度でさえ接していれば悔しくとも、お互い傷付くことは少なくて済む。
 読売アメリカ社がアメリカから撤退し失業後、約5年間に亘って幣紙に携わり、我が子のように可愛がり育てて来たtocotocoが、今号を持って休刊(廃刊)することとなった。幣紙は私にとって色んな意味で「ニューヨークでの足跡」となる。カタチあるものはいずれ忽然と消える。創刊しては廃刊する。日本でもアメリカでも何度も味わった。それでも、懲りずにまた立ち上げる。それがマイ・ウエーになることを祈りつつ……。
2008年12月26日号(vol.180)掲載
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by sgraphics | 2008-12-26 22:13 | エッセイ
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